
日本ならではの
歩き旅の
原風景を辿る
岐阜・恵那セクションは、日本の「歩き旅」の原風景を感じられるルートだ。「長距離自然歩道ならではの『人の暮らしと歴史』を色濃く感じられる道と言えますね。アップダウンが少なく歩きやすいため、景色や歴史文化財に目を向ける余裕が生まれ、かつての旅人に想いを馳せながら歩けます」。そう語るのは、東海自然歩道をスルーハイクした案内人の鈴木一路さん。江戸時代に整備された五街道のひとつ、中山道と交わるこのセクションをpediさんと一緒に歩き始めた。
木々に覆われた峠道には、行き交う人馬の安全を祈って建てられた馬頭観音や、小さなお地蔵さんが点在している。pediさんは「帽子をかぶせてもらったり、前掛けが掛けられていたりして、昔から続く地域の温かさに触れられた気がします」と微笑む。鈴木さんも「これらは単なる文化財ではなく、道中の安全を願う人々の想いの表れですね」と語る。今も地域の人々によって大切に手入れされているその姿から、街道に根付く生活の息遣いが伝わってくる。
武並駅をスタートして2時間半ほど歩くと、かつての中山道の面影を色濃く残す大湫(おおくて)宿に辿り着く。江戸から数えて47番目の宿場町だ。休憩所でお母さんたちが手作りする五平餅やみたらし団子も、歩き旅の気分を大いに盛り上げてくれる。「腹持ちもいいし、塩分も糖分も摂れる昔ながらのトレイルフードですね」と鈴木さん。江戸時代の人々も同じように味わったであろう郷土の味が、現代を歩くハイカーの心と身体を満たし、歩く旅の楽しさを教えてくれるのだ。
本セクションのハイライトのひとつが、日本一の長さと言われる琵琶峠の美しい石畳だ。「普段の山歩きでは石畳を歩くことがほとんどないので新鮮でした。昔はこの道を旅人や馬が歩いていたのだと思うと、とても感慨深かったです」とpediさん。さらに、一里(約4km)の間隔で設置され、道しるべとなる一里塚の存在も気になったそうだ。「見かけるたびに『もう約4kmも歩いたんだ』と感じ、昔の旅人たちと時代を超えて重なる気がしました」と語る。鈴木さんも「一里塚は、GPSのなかった時代のランドマーク的な使い方をされていたのでしょうね。今までは歴史的な文化財としてしか見えていなかったものが、かつての旅人たちの経験から生まれた知恵の集合だということに気づかされました。扱う道具は違えど、自分たちと同じような心持ちで、かつての旅人たちが歩いていたのだということにロマンを感じますよね」と語る。ルート上に残された歴史的遺産が、時代を超えて、今もハイカーを導いているというわけだ。


解像度高く
歩くことで見えてくる、
日本の風土
東京と大阪を結ぶ東海自然歩道。これまで「『とにかく長いトレイル』というイメージでした(笑)」と、歩くことを敬遠していたというpediさんだが、「今回歩いてみて、『全部歩き切らなければならない』というイメージが変わり、セクションごとに区切れば、自分のペースで進められると気づきました。自然だけでなく歴史にも触れられる、日本ならではの魅力的なトレイルですね」と印象をあらためたという。鈴木さんも「東海自然歩道には、ウィルダネスや巡礼の道とも違う、生活に寄り添い、四季によって移ろっていく、ささやかな自然の美しさがあるんです」とその魅力を教えてくれた。日本ならではの自然の美しさと、土地に連綿と息づく文化。日本人だからこそ高い解像度で歩ける、長い道が広がっているのだ。


帰路に就きながら、自然の中を歩くことの魅力について二人に尋ねた。「山の中では誰かと比べる必要がなく、自分のペースで進めばいい。歩いているうちに思考が整理され、自分らしさを取り戻せる気がします」とpediさん。鈴木さんも「長く歩くことで、少しずつ自分自身を覆っていたものが剥がされていき、“本来の自分”が徐々に現れ始める。それは社会の中での「人」というよりは、より動物的な「ヒト」になっていく感覚だと思います。そうした中で出会う景色や、人との触れ合いなどは、よりダイレクトに自分の心に刺さり、感情を揺さぶるんです」と同調する。自然の中を歩き続けた先で新しい自分に出会うこと。それこそが、ハイカーたちが何度でもトレイルへと向かう理由のひとつなのだろう。

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photo:Moe Kurita