INTRODUCTION
大人だって
秘密基地をつくりたい!
もがワクワクしてしまう外遊びの代表格と言えば、やっぱり『秘密基地』ではないだろうか。『秘密』って言葉だけで、すでにワクワクしちゃう訳で。仲の良い友達や兄弟と、鳥の巣みたいな自分だけの空間を作ること。それこそが男の子の究極の遊びではないだろうか!? 女の子の「おままごと」がママのモノマネ的行為なのかどーかは知らないが、それとは比べ物にならないくらい面白い遊びだ! と断言しておこう。
なぜ、男子は『秘密基地』が好きなのか?
茶箪笥から引き抜いたブルボンを机の下に隠れてこっそり食う。押入れの暗闇に隠れて、兄ちゃんの宝物のアイドル写真集を懐中電灯で照らして見てみたり。毛布を屋根の代わりにするだけでも、十分に基地の代わりとなる(欧米ではブランケット・フォートと呼ぶらしい)。そんなコソコソした行為こそが男の子の本能をくすぐり、最大限に欲求を満たすのだ。
外でならもっと色んな秘密基地を作ることができる。近所の空き地にダンボールの家を建ててみたり、河川敷や原っぱの背丈ある雑草の中に入ってみたり、漂流物を掻き集めてみたり。林や森の木々にリボンを結んで陣地を確保するだけでも十分な基地となる。我輩も仲の良い友達と集まり、合言葉を使って秘密基地遊びを楽しんだものだ。実家の裏の森の中に、ビスケットやオモチャを入れたブリキ缶を『宝箱』と名付けて隠し置いておくだけでドキドキしたりした。昭和の子供なら誰もが、何処かに秘密の基地を作って遊んだ記憶があるんじゃないかなぁ? そんな遊び方を現代っ子たちは知らないかもしれない。空き地が減ってしまったからだ。でも、キャンプ場でなら出来る。
大人になって、自分の稼いだお金で何をして遊ぼうかと考えた時に、やってみたい行為に、キャンプもきっとあるはずだ。かっこいいテントを、こっそり森の中に張っては、バーベキューをして寝袋にくるまって一泊。女の子たちと一緒なら秘密基地とおままごとを混ぜたような素敵なキャンピングができる。ここでやっと男女遊びの融合だ。その流れからキャンプにハマっていき、ソロキャンプや、最終的にはブッシュクラフトなんて様々なスタイルの流れを遡上していく人もいるだろう。逆に下って海に出る人もいるかもしれない。
我輩もひと通りキャンプ遊びを堪能してきたが、ただ単にテントを張って過ごすという行為から、もう一歩次のステップに行きたくなってしまった。そして思いついたのが、その辺りにあるものを使って屋根も寝床も作って、その中で寝てみるという行為。つまり秘密基地なのである。自然のものだけで組み立てた掘っ立て小屋で、雨露をしのぎ夜を過ごすことができるのだろうか!? そんな面倒なことをやってみたくなってしまった。子供のときより少しは上手くやれるはずだ。子供の頃の感覚に戻って大人の秘密基地を作ってみたい。
そんな思いが高まった 秋の某日、2日間を費やして、秘密基地づくりにチャレンジしてみた。
大人の秘密基地
完成予想図
設計・岡部文彦
絵・ジェリー鵜飼
なんとなく思いついて描いてみたんだけど、どーやら竪穴式住居にかなり影響を受けてしまっているようだ。
竪穴式住居は枯れ草を刈り込んでいて、もっとすごく立派なんだね。
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Jerry Ukai
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Takefumi Yabe
- teacher
- 秘密基地づくりの先生は泊まれる公園「INN THE PARK」のスタッフ矢部剛史さん。元ツリーハウスビルダーなので心強い味方だ。
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Fumihiko Okabe

HOW TO BUILD
開墾と地ならし
整地してフラットな
スペースを作る!











ここで手を抜くと後で大変なことになります。よく頑張りました!

基地の骨組みを作る
竹を活用してドームの柱にする!






どうしても折れやすくなってしまうからです。手間がかかりますが、
全員でしっかり作業しました。

枯葉を床に敷く





2-METER DOMEイメージはやっぱり2メータードームテント。今にして思えば骨組みをまんまそっくりにしてみても面白かったのかもしれない?



屋根と壁を作る
木の皮や枯れ枝の長さを揃えて
骨組みにかぶせていく。








完成?
どーにか完成。一番きつかった作業が壁を作るための枝集め。
とんでもないくらいの枯れ枝をパーク内の至る所から集めないと、壁は隙間だらけだった。
屋根も隙間だらけ。樹の皮を集めるのも簡単ではなく、改めて製材された木板の使い勝手に感心させられるほどに、
その辺に落っこちてるものだけで基地を作ることの難しさを知った。









ガキンチョの感覚に戻って、みんなであーだこーだ言いながら2日かかってようやっと完成した秘密基地。「子供の感覚に戻る」ってことがいかに面白いかってことに気づかされた。矢部先生のおかげで、立派な秘密基地が出来上がった。

選・岡部文彦 | 文・矢部剛史
絵・ジェリー鵜飼
秘密基地作りにあると
便利な道具たち

僕たちは秘密基地づくりから
多くを学んだ
キキチ
文・杉崎J太郎

近所の空き地に一本だけ大きな木があった。家の2階ほどの高さがあり、僕たちは『キキチ』と呼んでいた。最初は登る事さえ出来なかったが、小学3年生の頃にはてっぺんまで登れるようになっていた。てっぺんから見える景色は相変わらず田舎の風景だったが、上から見下ろす行為そのものに感動していたように思える。『キキチ』が秘密だったかどうかは定かではないが、登るために釘を打ち込んだり枝の間に板を渡したりと、今でいうツリーハウスのような形だったと思う。とはいえ子供が作るものだからいい加減で、板や釘もすぐにどこかに行ってしまった。
ある日、スーツ姿の大人達が『キキチ』の前で何やら話し込んでいる。何をしているのかと尋ねてみると、『この木を学校に植えるんだよ』と事もなげに言うではないか。ガッデム! 僕たちの基地は学校の入り口に移植されてしまったのだ! それはもはや『キキチ』ではなく、ただの校門の木だった。僕たちの基地は皮肉にも永遠に残る形で奪われてしまったのだ。
なんだかシリアスリーになっちまったが、大人を恨んでいるわけではない。きっと秘密基地の数だけ思い出があって、ほろ苦い思いも子供には必要なんだろうなぁと、人の親になって感じる今日この頃である。
秘密基地の思い出
文・ジェリー鵜飼

箱根の山を切り崩した新興住宅地で育った。今はもう当時の面影は残ってないが、あの頃の住宅地は森や小川に囲まれていた。小学校の放課後の時間は森の中にマサヒロ君と作った秘密基地で遊んだ。時代は70年代の中盤〜後半。壊れた電化製品が積まれた廃材置き場に忍び込み、基盤やコンデンサ、抵抗器などを持ち出してコックピットを作ったのを覚えている。2人とも「宇宙戦艦ヤマト」が大好きだったので、宇宙船の操縦席みたいな基地にしたかったのだ。残念ながら枯れ葉を敷き詰めたとか、木の枝で何かを作った記憶はない。ノコギリやトンカチなどの工具がなかったからしょうがない。基地は僕らにとって神聖な場所だったから誰も招待しなかった。秘密だから秘密基地なのだ。
毎日夢中になって遊んでいたから、家に帰る頃にはすっかり陽が沈んでいた。真っ暗になって家に戻ると玄関が開かない。おふくろがオカンムリで鍵をかけているのだ。泣きながら「ごめんなさい〜」と15分ぐらい謝ってようやく家に入れてもらう。そんなやりとりが何年も続いた。
どんなにキツく叱られても僕とマサヒロ君は秘密基地に毎日通った。不思議なことに、あの頃学校でどんな授業を受けたのか全く思い出せない。覚えているのは野山や川で遊んだ思い出だけなのだ。あの遊びが今の生き方に繋がっていると思うから、当時の自分に感謝している。いっぱい遊んだ僕、ありがとう。
秘密基地について
文・矢部 剛史

子供の頃から秘密基地が大好きで、牧場内の土手を削って洞穴を掘ったり、押し入れを改造して自分の部屋にしたり、屋根に展望台をつくったりと今考えると結構ムチャクチャだったなと。あの頃はテレビゲームよりも川で魚をつかまえたり、山の中を走ったりするほうが断然面白かった。なにも用意されてない自然の中での遊びはとにかくワクワクした。
そんな子供だったのでモノづくりに興味があって家具職人の道に進むわけであります。とても忙しくて沢山の注文家具を作らせてもらったおかげで技術が身につきましたが、10年続けた建築業界が急にイヤになった。そんなときに出会ったのがツリーハウスビルダーの小林崇さん! 大人になってもあの頃の遊びができるんだと興奮し、直ぐに小林さんが始めたツリーハウスビルダースクールに飛び込んだ。大工仕事だけではなく、その樹だったり周りの環境だったり関わる人だったりと、多くの要素を含んだツリーハウスはとにかく面白かった。大磯からはじまり、鋸山や熱海や野蒜にツリーハウスをつくった。いつか自分でもつくりたいと野望を抱きながら伊豆に行ったり、世界のツリーハウスが見たくてフランスに行って泊まってみたほどです。
日本にも沢山出来ればいいのになーって思います。自然を身近に感じるきっかけになるし、放棄されている森林が活用される。ツリーハウスって樹にとっていいことなのか? そもそも樹の上に必要なのか? 当然そんな問いかけもあります。それを自分なりに考えて、自分なりの落とし所を見つけようとすることも大事かなと。
自然の素材で建物や道具を作るのは遙か昔から人類が営んできたことです。やはり僕は自然の中で汗をかいて何かを作ることが子供の頃からずっと好きみたいです。岡部さん、次回は一緒に木を切って小屋を作りましょう! あの秘密の場所を残しておきますから。
秘密基地づくりを
もっと楽しみたい君へ

選者:青野利光(あおのとしみつ)
サブカルマガジン『スペクテイター』の編集発行人。「SOTOKEN 出張編」の用務員スタッフとして派遣され、編集のお手伝いをさせていただきました。「いやぁ、外遊びって、本当にいいもんですね」(©水野晴郎)。