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クライマー鈴木雄大・インタビュー

INTERV
IEW

アルパインクライミングの装備で自分なりの工夫があれば教えてほしい。
そう鈴木雄大に尋ねたとき、
「ほかのクライマーと大きく変わらないとは思いますが……」と
前置きしつつも、いくつかの実例を挙げてくれた。

無駄をそぎ落とした
正真正銘のミニマリストとは

鈴木雄大がギア選択で重視する観点は主に4つある。機能的であること、多用途に使えること、軽量であること、耐久性があること。そのうえで、意識しているのは、「ギアの選択は登攀の成否を分け、場合によっては自身の生死に関わる」という強い認識だ。
アルパインスタイル登攀では、途中でギアが足りなくなってもベースキャンプに戻る余地はない。だからこそ、出発前の装備選びにミスは許されない。なかでも難しいのは、カムデバイスやピトン、アイススクリューといったプロテクションギアの選択である。
雄大が挑むのは、情報がない未踏の岩壁であり、ルートの詳細は、実際に登ってみなければわからないことがほとんどだ。そのため、あらゆる状況に対応できるよう、できるだけ多くのギアを持っていきたいところだが、それをすれば荷物は確実に重くなる。
「標高6,000メートルを超えると、バックパックの重さが平地の倍以上に感じられます」と雄大。装備が多いほど行動の自由度とスピードが削がれ、危険地帯でも時間をかけて進まざるを得なくなる。かといって、途中でギアが足りなくなれば、リスクの高い登攀を強いられることになる。これは、まさに究極の取捨選択である。

その判断にはいつも頭を悩ませてきたが、遠征経験を重ねるにつれ、次第に精度が高まってきた、と雄大は言う。その理由は、初登攀を重ねるなかで、壁の状態をある程度読めるようになったことにある。また、日頃からフリークライミング技術を磨いてきたことで、精神的にも余裕を持てるようになったことも大きい。そして今では、「持ち駒でやりくり」できるまでになったという。
「予備」に対する考え方にも、アルパインクライマーらしさが見て取れる。まず、プロテクションギアは、予備を含めた2セット用意する。最初のアタックで失敗したとしても、予備があれば再トライが可能だからだ。クランポンとアイスアックスの予備は1セットをベースキャンプに置いておくが、クランポンの先端にある「トーベイル」というパーツだけは、必ずアタック装備に予備を入れておく。この細い金属部品が折れると、クランポンをブーツに固定できなくなり、実際、過去の遠征ではそれが理由で、初日で敗退を余儀なくされたことがあった。また、調理や水作りに必要なバーナーヘッドの予備も欠かせない。

遠征に欠かせない道具としては「ベースキャンプダッフル」がある。四輪駆動車のルーフに手荒に括りつけられても、駄馬の背中で崖の岩肌に擦りつけられてもビクともしない強靱さを兼ね備えているこのタフなラゲージを、雄大は学生時代の初めてのヒマラヤ遠征から使い続けてきた。
そうやって、考えに考えて絞り込んだ装備のなかには、一風変わった道具もある。ひとつは、重さ20グラムほどの小さなヤスリ。登るたびに摩耗して丸まっていくアックスやクランポンの先端を、中間のキャンプで研ぎ直し、上部の硬い氷に備えるのだ。また、急峻な雪壁では、テントのフットプリントを活用してビバークに備えている。削った雪を、壁に沿って張ったシートの中に溜めて、平場を広げるという使い方だ。いわば、宅地造成における「切り土・盛り土」の要領である。

雄大の装備選びには、このように型にはまらない自由な発想が息づいている。それはたとえば、登攀中にトレイルランニング用ウェアを愛用していることにも表れている。ストレスない着心地を求めるなかで、カテゴリーにとらわれず、視野を広く保っているのだ。
「余分な物は何ひとつ持たず、必要な物はすべて揃える」という登山装備の基本は、一見シンプルな定理のように思える。だが実際にそれを実践するには、豊富な現場経験に裏打ちされた高度なスキルを要するものだ。
クライマーにはミニマリストが多い。そして、本気度の高い人ほど、無駄をそぎ落とした価値観を大切にする本物のミニマリストである。それは単なる生活信条やスタイルの類ではなく、困難なクライミング経験を何度もくぐり抜けるなかで、自然に身についていったリアルな生き方そのもの。もちろん、雄大もその一人である。

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